嗅覚訓練(3)
ワインとコーヒーの比較やスペシャルティーコーヒー産業の日進月歩を中心とした、嗅覚訓練に関連するあれこれについて寄り道を続けます。フレーバーホイールなどの風味評価ツールの紹介を締め、最後にそれらの変化が反映するコーヒーの発展について私見を書きます。
フレーバーホイールは「感覚属性辞書」を下に作られた
前回紹介しましたフレーバーホイールですが、因みに現行版は2017年に発表されたWorld Coffee Research Sensory Lexicon(WRC感応レキシカン)に反映される甚大な作業を下にしています。このWRC感応レキシカンですが、これはコーヒーの風味を語り合う際に共通の言語を使えるよう、また風味の強度を計測するために開発された、いわゆる感覚属性の辞書です。
これは甚大な作業の結果であると表現しましたが、これは105ものコーヒーサンプルをカッピングし、その中から110の感覚属性が特定されたからです。よってこのドキュメントにはそれらの感覚属性が説明されているのですが、以下に一例としてブルーベリーの記述を紹介します。
上の例の通り、この「辞書」のそれぞれの感覚属性の紹介の最初の2項目は何を指しているかが明白な感覚属性の名前、またその簡単な説明です。残りのレファレンス、強度、準備方法ですが、そこで指定されるレファレンスの物をその準備方法を下にサンプルを作り、それを知覚した時の感覚属性の強度がそこで記述されているものです。
例のブルーベリーの場合、レフェレンスで特定される缶詰ブルーベリーをティースプーン一杯指定されるように準備して感じられる香りが6.5の強度の基準となります。その基準に対してカッピングするコーヒーから受け取れる感覚属性がより強く、或いは弱く感じられるかで強度の評価を6.5よりどれだけ高く、或いは低くするかをカッパーが決めます。その際に使えるスケール、或いは数値評価範囲はゼロから15のスケールの間となります。
この様にしてWRC感応レキシカンにおける強度基準設定と言う要素は、カッパーによる風味の強度特定を可能にすると言う意味でとても重要な役割を果たしています。
初版vs現行版のフレーバーホイール
フレーバーホイールの話に戻すと、実は現行版は第二版ですが、初版は1995年に作られたものです。これはフレーバーホイール元祖の1970年代後半のビール産業、またその後1980年台半ばにワイン産業で作られたものに後追いする形となりました。この初版を下に写します。
現行版をこれと比べると幾つか違いが見当たります。先ずはホイールの数で、初版には2つあったのが現行版では一つのみとなっています。初版に2つあったのは、左のホイールが難点(Faults)と欠点(Taints)、右側が味と香りを表しているものに別れていたからで、現行版は難点と欠点のホイールを省き風味のホイールだけとなったためです。
輪の層も以前は5層だったものが3層に減っていますが一番興味深い変化は、外輪の感覚属性だけを数えた時の感覚属性だと思います。と言うのも初版では52しか無かったものが現行版では86にまで数が大幅に増えています。
フレーバーホイールの更新に見られる日進月歩のスペシャルティーコーヒー
この増大の背景には幾つかの理由があると思われますが、一番と思われる理由を紹介します。現行版のフレーバーホイールを作るに当たっては105ものアラビカコーヒーのカッピングがされましたが、近年では90年台に比べて市場に出回っているコーヒーのバラエティーや精製方法が比べ物にならない程多くなっています。
そのコーヒーの種類の増加に連れて感覚属性も必然的に豊富になっているのが一つの理由となりますが、これはスペシャルティーコーヒー産業の速い発展をよく反映していると思います。これはスペシャルティーコーヒー愛好家にとってはコーヒーの風味の選択幅がより広がったと言う形で具現化されており、当然ながらとても喜ばしいことです。
もう一つこの速い発展を象徴しているのは初版とは違い、現行版の開発には科学的に検証されたアプローチが使われたことです。これによってより現代的で客観的なカッピングツールを作り上げる事が可能になりました。初版の作成はそれはそれで世界的に著名なコーヒー専門家達が率先したその次代にあった歴史的大成果であり、その上に現行版が科学的根拠と言う基盤を加えた事はスペシャルティーコーヒーの健全な進歩を良く表していると思います。
この様にして開発された現行版のフレーバーホイールですが、そこで思い出されるのが未だに利用されていないコーヒーの種やバラエティです。と言うのもコーヒーの種は利用されている内の殆どはアラビカとロブスタの2種だけではありますが120以上の種が存在し、アラビカのバラエティーも何千も存在するとされています。
他に風味を影響する精製方法等を度外視しても、これから未だに利用されていない豆が出て来る将来の可能性を視野に入れると、フレーバーホイールはこれからも変化を遂げていくのが必至で、そういう意味では生きたツールとして捉えるのが妥当だと思われます。
寄り道は取り敢えずこれまでとし、次回は本題の嗅覚訓練に再突入します。