嗅覚訓練(7)
いよいよ嗅覚訓練の最終回となりました。この訓練過程を経てどの様に私の嗅覚力が向上していったかを語りますが、その為に応用した戦略、また心理面の準備の大切さについても触れます。
徐々に難度の高い試練をクリアしていく戦略
以前少し触れましたが、訓練開始初期は今思えばかなり違った香りでも混同しており、目隠し総合テストの正解率はかなり低いものでした。どれだけ識別が出来ていなかったかというと、例えば1番の土と35番の薬を間違えるほどでした。ここまで大きな間違いをしていた理由の一つには、ルネデュカフェの香りにあまり慣れていなかった事が重かったと思います。よって先ずは36の香りに慣れるところから始めなければいけなく、キットを借りては個人訓練をよくやったものです。
それらの香りに慣れていく、イコール香りを覚える事と並行して重要なのは香りリストの記憶です。リストの名前を覚えていくと香りを感じた時の選択肢がリストにある名前だけに絞られ、それ以外のものを気にしなくて良いからです。と言うのもブドウはルネデュカフェにはないので、リストの36の香りの名前を覚えればブドウかな?と言う事が起こりえませんから。
この様にして訓練を発展させ、香りのニュアンス的な違いを感じられる様になるに連れて大きな間違いが無くなってきたら、次のステップとして違いがより細かい香りの識別を試みます。基本的には同じ種類のものの香りですが、例えば野菜類、花、フルーツ、と言ったグループの中にある香りどうしの識別をトレーニングします。これは私の経験ではナッツが一番難しく、実際にナッツ類の識別は意図的にトレーニング期間の最後に後回ししました。
とは言っても識別が難しいのはそう言うブループ間だけではなく、違うグループにある香りでも至難の業のものもあります。ご参考までに以下に特に私が間違えることが多かったペアリングとその差別方法を紹介します。これらの多くは前回ご紹介した、試験本番でも使われる分類別テストで同一グループに無いと言う意味では識別が重要ではないとも言えますが、嗅覚能力向上のためには差別のトレーニングをお勧めします。
もう一つだけ嗅覚訓練で改善するにあたっての留意点ですが、人それぞれに苦手な香りがあると言う事です。私の場合は例えば35番の薬ですが、その特徴を感じられない事もしばしばありました。それで私の場合は他のものはほぼ皆特徴を感じていたので、何も感知できない場合は消去法でそれは薬、とよく特定していました。但し33番のキセルも私は苦手だったのでそれと混同する事もありましたが。
嗅覚力パワーアップ!
この様な訓練をコツコツとほぼ毎日の様に行っていくにつれ嗅覚力は確実にアップします。私の個人的な経験ですと恥ずかしながら訓練開始一番で行なった総合テストでは36の香りのうち、5つしか当てられませんでした。この結果は、たったの50日間の訓練だけではやはりこのレベルから合格点まで持っていくのは無理だろうな、と言う私の当初の思いを裏打ちするものでした。
そこから訓練を重ねるにつれ改善はしていったのですが、初期の発展は遅いもので最初の2週間ぐらいはやっと8つ正解する程にしかなりませんでした。とこがそれが3週目には突然正解が10、さらに4周目には18が正解と伸びていきました。その後5週目には22、しまいには訓練最終の週となる6週目に目標の28を当てられる様になりました。この目標を達成して試験でもその結果が出せれば嗅覚テストの最低ラインで合格出来るので、ギリギリに期間内に達成できたのはとてもうれしいものでした。
心理面の配慮も大切に
ここで一つ興味深いのは、実は28正解となるにも段階的に達成できた事です。と言うのも初めは訓練パートナーに行なってもらったテストで28正解を得たのではなく、妻に行ってもらったテストで先ずその数値を達成してから、その後に訓練パートナーとのテストでもできる様になった訳です。
これは取るに足りないことの様に思われるかも知れませんが、そうではなくテストをする際の心理面のインパクトを反映する良い例だと思います。どういう事か言いますと、妻にテストをしてもらった時には私が比較的リラックスしていたためにより良い結果を早期に実現でき、訓練パートナーとのテストはより緊張していたためにその様な結果を出すのが遅れたのだと思います。
この例にあるようにQグレーダー訓練においては心理面の配慮が必須で、これは当然ながら試験当日も適切な心理的準備が必要です。前述のようにQグレーダー試験はコーヒーの世界で一番シビアな試験であり、その道何年のプロでも多くが一度で合格しない試験です。
それだけの試練なので、どれだけ訓練で技術的に最適な準備が出来ても心理面が適宜ケア出来ていないと失敗に終わることが必至です。この心理面のケアについては後により詳しく説明する為、この場では重要性を提起するだけとします。
以上で長くなりました嗅覚訓練の紹介を終わりとします。次回からは少しQグレーダーのお話をお休みし、世界数か国で毎年開催されるコーヒーの大会、カップ・オブ・エクセレンスについての連載を始めます。
嗅覚訓練(6)
今回は嗅覚訓練における残りのテスト手法である分類別テストと個人テストを紹介します。
類似した香り識別強化目的の分類別テスト
このテストは総合テストとは異なり一度に36の香り全てをトライするのではなく、分類ごとに行います。以下のフォームにその分類がありますが、これはQグレーダー本番テストと同じものです。
これら分類に関してはコーヒーの栽培、精製、保管、焙煎と言ったプロセスのどの段階で生じた風味かによってグループ化されているものですが、詳細には後日説明するのでご参考までに以下にもう少しだけ言及します。
- 酵素化副産物:コーヒー豆が生体で農園で栽培されている時に起因する香り。
- 汚損と欠陥:収穫後から焙煎前まで生豆である時に化学反応が起きて発生し、低濃度ではポジティブ、高濃度ではネガチブにとられるもの。
- カラメル化した副産物:焙煎時のカラメル化と言うプロセスの間に生じる。
- 乾蒸留副産物:これも焙煎時の一ステップで発生する香り。
尚、フォームにはトライ1、2、3とありますが、一度のセッションでそれぞれの小瓶を二回、或いは三回までランダムに訓練パートナーに目隠しテストしてもらいます。各セルへの記入方法は総合訓練と同じく、正解だったらチェックマーク、間違えたらその間違えた香りの名前を記入します。
この訓練は同じ段階で発生した風味がまとめられているので似通った風味もかなりあり識別の難易度が高いものですが、本番と同じグループ分けなので試験対策にはもってこいです。この様な訓練を経ると似たような風味を何度トライしても徐々にしっかり識別出来るようになっていきます。
個人テストで一人でもトレーニングを続けよう!
上記の二つのテスト方法ではパートナーと組んでのトレーニングですが、個人テストではその名の通り自分一人でトレーニングを行います。ここではどの様にして目隠しテストを自分で行うかその方法を紹介します。
この一番簡単な方法は目を閉じて小瓶を一つ一つランダムに取り出しキャップを取って香りを嗅いだらその香りの名前を特定し、目を開けて実際に自分の答えがあっていたかを確認するものです。但しこのやり方よりは幾つかいっぺんに香りを嗅いで特定し、それから答えの確認をした方が学習効果があり、トレーニングの効率も良いと思います。
この様に自分だけで幾つかの小瓶の目隠しテストを行うには、先ずテストする小瓶をランダムに自分が目を開けた際に見えない様に置きます。この為には小瓶と自分の間に何か視線を妨げる物を置いて小瓶が見えないようにします。こうして次のステップでは目を閉じてランダムに小瓶を取り香りを嗅ぎ特定しますが、この手順で3つぐらいの小瓶の香りを特定し香りの名前とその嗅いだ順序を記憶します。香りを嗅いだ小瓶はこれもまた目を開けた際に見えない場所に、嗅いだ順に置きます。
そこで目を開けて嗅いだ順に記憶した香りを紙にメモし、また目を閉じて次の3つも同様に特定、記憶、順番通りの小瓶の配置、前の3つに続けて記録する、という手順を最後にテストする小瓶まで続けます。そうして最後まで記録したら、メモした小瓶の香りが目隠しして並べた小瓶と同じ順次であるかを確認する事でどれが正解の是非をチェックします。
私の場合、記憶力にあまり自信が無いので一度に3つずつしか嗅ぎませんが、もっと自信を持って覚えらる方は能力次第で増やせればより高いトレーニングの効率でテストを行えると思います。
以上、嗅覚訓練テストの説明でした。次回はこの訓練の結びとして私の嗅覚能力がどの様にして向上していったかを紹介します。
嗅覚訓練(5)
ルネデュカフェ訓練の続きをします。今回はこの訓練実施の際に注意すべき点と訓練形態の一つ目、総合テストについて綴ります。
嗅覚訓練で注意すべき「嗅ぎバテ」
嗅覚訓練の大まかな実施方法は前回紹介した通りですが支障なく訓練実施できるよう、第一段階で認識、記憶をする時に注意すべき点が幾つかあるので説明します。
一つ目は嗅ぎ過ぎです。これはトライアンギュレーション訓練の際にも言えることですが、味覚も嗅覚も続けて使い過ぎると疲れが出て知覚能力が低下していき、味や香りの区別が段々と出来なくなっていきます。要するに感覚が麻痺していくので、ある程度訓練をしたらその日の訓練を終える、もしくはある程度時間をおいて暫く休んでから訓練を再開する必要があります。
これは目安ですが、私がQグレーダー特訓を行った時は45分程嗅覚訓練したら最低1時間程休むサイクルを一日に最高3回程行っていました。これぐらいのペースで訓練をしたら「嗅ぎバテ」せずにコンスタントに週に何日もトレーニング出来ました。
他の要配慮事項
もう一つ気を付けるべき事は、ルネデュカフェを使った嗅覚訓練がシビアなものであるという事を認識してのものですが、トライアンギュレーションを含むカッピング訓練を同セッションで行う場合には、嗅覚訓練を後に残すことです。もし嗅覚訓練を先にやってしまった場合は嗅ぎバテの為にトライアンギュレーションをやっても嗅覚が鈍くなっており、アロマだけでなく嗅覚によるところも大きい風味もよく感じ取れなくなる恐れが大いにあるの気をつけたいところです。
更に一点注意すべきは、香りによっては自分が知っている実物の香りとは必ずしも一致しない事があります。これには幾つか理由が挙げられますが、一つは例えばルネデュカフェが開発及び製造されているフランスのクルミが日本のクルミと違う種であるために香りも多少の違いがあることが考えられます。
また製造から暫く経つと香りが変質する事も考えられ、更に言えば以前述べた通りロットによって香りが変わるものもある事も実物と違う理由だと思われます。よって、ルネデュカフェリストにある物の実物ではなかう、キットの小瓶を使って訓練する事をお勧めします。
ここからは基本訓練の第2段階目、嗅覚テストについて述べます。私が行った、名付けて総合テスト、分類別テスト、個人テストの3つの形態を紹介します。
総合テストとは?
ルネデュカフェ総合テストとは、36の香りの小瓶を全ていっぺんに目隠しテストする事を指します。その趣旨はシンプルで単にそれぞれの小瓶の香りを目隠しテストします。但しわざわざ本番の様に赤ライトの暗室の中で行うのは大変なので、実際に目隠しするか目を閉じて訓練のパートナーに小瓶を一つ一つ渡してもらい、キャップを外して香りを嗅いで感じた香りの名前を言います。パートナーは以下のフォームを使って正解、或いは不正解を記入していきます。
このフォームの使い方ですが、例えばパートナーが10番のバニラを渡してもし相手が正しい答えを言ったらその行の二列目にチェックを記入します。逆にもし相手が間違えて例えば「キャラメル」と答えたらその空白に間違った答え、「キャラメル」と入れます。
このテストのやり方の基本形では夫々の小瓶を試すのは一度だけですが、間違えた香りの記憶を促進する目的の変形バージョンがあります。これは間違えた香りがあった場合にパートナーが相手に間違っている事を伝え、もう一度トライさせるのです。その場合には第一トライは間違った事を記録するためにバツ、或いは間違った香りの名前を記入します。
この様にテストしフォームを埋めていくと自分が間違いやすい香り、またそれらの香りを夫々どの香りと混同するかが明確になります。この情報を使って訓練第1段階に戻り、それらの香りの認識と記憶、また他の類似した香りとの識別の努力をします。そしてまた総合テスト、或いは他のテストを用い再び能力試験をする、と言うサイクルを繰り返しながらアロマ感覚改善をしていく形となります。
次回は残りの二つのテストとこの方法を下にした私の嗅覚力改善経験について書きます。
嗅覚訓練(4)
今回からは嗅覚訓練の詳細を書きますが、2段階のステップから成るこの訓練の基本的な進め方から始めます。また、訓練の目的はルネデュカフェの小瓶の香りの嗅ぎ分けなので、その手法についても紹介します。
ルネデュカフェ訓練の基本的な進め方
嗅覚訓練の基本的な進め方はQグレーダー試験におけるルネデュカフェの使用方法で決定されます。で、ルネデュカフェがどの様にテストされるかと言うと、小瓶の中身がわからない環境でその液体を嗅いで何の香りなのかを言い当てなければいけません。いわゆる目隠しテストなのですが、中身が分からないようにするには透明な小瓶をテープで包み、赤ライトでほのかに照らされた暗室で試験が行われます。
よって、基本的に訓練の目的は目隠しテストして正確に香りを特定出来るようになる事ですが、これは2段階のプロセスを経て実現していきます。先ず第1段階目は感じる匂いが何の香りを表すかを確認して覚え、その後に2段階目で香りの記憶が出来たかを目隠しテストします。
この2段階目の目隠しテストについてはより詳細に次回の記事で説明しますが、今回のこれ以降は第1段階目でどの様に香りを覚えていくかについて書きます。
プルースト現象を利用した香りの認識及び記憶方法
嗅覚訓練の基本の第1段階目ですが、これは簡単に言えば、例えば土の小瓶を確認して香りを嗅ぎこれは土の香りだ、と確認する事を意味しています。要は一つ一つ小瓶のラベルを確認した上で、蓋を外し香りの確認をするという作業を繰り返して、夫々の小瓶の名前と香りのペアを記憶していきます。
ここでこの記憶の仕方について更に説明をしますが、香りは他の感覚より密接にその人の過去の経験から得た記憶に繋がっている事が科学的に立証されています。これはどういう事かと言いますと、例えば子供の頃何時も秋に田舎のおばあちゃんの家へ行ったらホクホクのとても香ばしいクルミを食べさせてもらっていた様な経験があったら、クルミの匂いを嗅ぐ度におばあちゃんの家のそのシーンを思い出す、と言ったことです。(注:因みにクルミはルネデュカフェでは30番のウォールナッツとなります。)
この様に香りが何らかの記憶を思い出させる事をプルースト現象と言いますが、香りから直接それを代表するものが何なのかを認識することが困難な場合にこの現象を活用することが出来ます。言い換えれば香りを直接代表する物の名前に結びつけて覚えるのではなく、その香りが彷彿させる記憶を経由して間接的にその関係を築くのです。上記の例の場合、もしクルミの香りが秋口のおばあちゃんの家の連想はもたらすがクルミがその記憶から欠落しているのなら、そのシーンが浮かび上がったらそれはクルミだと記憶するのです。
感覚属性を使った認識方法
と、一応上記の手法を紹介しましたが香りを嗅いでも何も連想出来ない事もあり、私の場合結構そうなのですが記憶力があまり良くないからか、この手法は正直言うとあまり頼りに出来ませんでした。これは訓練が浅い初期に特に困る事なのですが、ルネデュカフェの36の小瓶の内で細かい違いしかない、とても似通っている香りのものが幾つかあると判別が難しい事がしばしばありますが、これは以前の手法を使える場合でも起こり得る問題です。こういう場面では夫々の香りのニュアンスを感じ取り、判別する必要があります。
そのニュアンスには決して網羅したリストではありませんが、以下の様なものが挙げられます。これらの感覚属性は夫々感じられる強度と共に認識できると香りの特定が安易になっていきますが、当然ながらこれは訓練を重ねていく毎に徐々に感度の鋭敏化が期待できるものです。
- 種類:例えば塩や酸っぱさが感じられるか。
- 重さ:よりライトトーン、或いはヘビートーンの香りか。
- 滑らかさ:滑らかな、或いは粗い香りか。
- 透明度:クリアか、或いは濁った香りか。
これらがどの様にして香りの特定を可能にするかは、幾つか似通っている香りの違いを私が自分なりにどの様に嗅ぎ分けているかを説明すると明快になると思います。例として特にお互いの類似度が高いルネデュカフェのナッツ類を比べ判別する際に役立つ、夫々の特徴的感覚属性とその強度を紹介します。
- 27.ローストアーモンド:蜜のような甘さがあり、滑らかで透明度が高い香り。
- 28.ローストピーナッツ:少々粗いがアルコールのように揮発性の高い甘じょっぱい香り。
- 29.ローストヘーゼルナッツ:チョコレートに似て粗く甘いが、軽めの香り。
- 30.ウォールナッツ(クルミ):やや粗く、多少の甘みと共に塩が感じられる香り。
如何だったでしょうか。似たような香りの嗅ぎ分けは大変ではありますが、色とりどりの風味豊かな世界であり、我々のコーヒーを飲むと言う経験をとてもジョイフルなものにする事に大いに貢献をしています。次回も嗅覚訓練について紹介し続けます。
嗅覚訓練(3)
ワインとコーヒーの比較やスペシャルティーコーヒー産業の日進月歩を中心とした、嗅覚訓練に関連するあれこれについて寄り道を続けます。フレーバーホイールなどの風味評価ツールの紹介を締め、最後にそれらの変化が反映するコーヒーの発展について私見を書きます。
フレーバーホイールは「感覚属性辞書」を下に作られた
前回紹介しましたフレーバーホイールですが、因みに現行版は2017年に発表されたWorld Coffee Research Sensory Lexicon(WRC感応レキシカン)に反映される甚大な作業を下にしています。このWRC感応レキシカンですが、これはコーヒーの風味を語り合う際に共通の言語を使えるよう、また風味の強度を計測するために開発された、いわゆる感覚属性の辞書です。
これは甚大な作業の結果であると表現しましたが、これは105ものコーヒーサンプルをカッピングし、その中から110の感覚属性が特定されたからです。よってこのドキュメントにはそれらの感覚属性が説明されているのですが、以下に一例としてブルーベリーの記述を紹介します。
上の例の通り、この「辞書」のそれぞれの感覚属性の紹介の最初の2項目は何を指しているかが明白な感覚属性の名前、またその簡単な説明です。残りのレファレンス、強度、準備方法ですが、そこで指定されるレファレンスの物をその準備方法を下にサンプルを作り、それを知覚した時の感覚属性の強度がそこで記述されているものです。
例のブルーベリーの場合、レフェレンスで特定される缶詰ブルーベリーをティースプーン一杯指定されるように準備して感じられる香りが6.5の強度の基準となります。その基準に対してカッピングするコーヒーから受け取れる感覚属性がより強く、或いは弱く感じられるかで強度の評価を6.5よりどれだけ高く、或いは低くするかをカッパーが決めます。その際に使えるスケール、或いは数値評価範囲はゼロから15のスケールの間となります。
この様にしてWRC感応レキシカンにおける強度基準設定と言う要素は、カッパーによる風味の強度特定を可能にすると言う意味でとても重要な役割を果たしています。
初版vs現行版のフレーバーホイール
フレーバーホイールの話に戻すと、実は現行版は第二版ですが、初版は1995年に作られたものです。これはフレーバーホイール元祖の1970年代後半のビール産業、またその後1980年台半ばにワイン産業で作られたものに後追いする形となりました。この初版を下に写します。
現行版をこれと比べると幾つか違いが見当たります。先ずはホイールの数で、初版には2つあったのが現行版では一つのみとなっています。初版に2つあったのは、左のホイールが難点(Faults)と欠点(Taints)、右側が味と香りを表しているものに別れていたからで、現行版は難点と欠点のホイールを省き風味のホイールだけとなったためです。
輪の層も以前は5層だったものが3層に減っていますが一番興味深い変化は、外輪の感覚属性だけを数えた時の感覚属性だと思います。と言うのも初版では52しか無かったものが現行版では86にまで数が大幅に増えています。
フレーバーホイールの更新に見られる日進月歩のスペシャルティーコーヒー
この増大の背景には幾つかの理由があると思われますが、一番と思われる理由を紹介します。現行版のフレーバーホイールを作るに当たっては105ものアラビカコーヒーのカッピングがされましたが、近年では90年台に比べて市場に出回っているコーヒーのバラエティーや精製方法が比べ物にならない程多くなっています。
そのコーヒーの種類の増加に連れて感覚属性も必然的に豊富になっているのが一つの理由となりますが、これはスペシャルティーコーヒー産業の速い発展をよく反映していると思います。これはスペシャルティーコーヒー愛好家にとってはコーヒーの風味の選択幅がより広がったと言う形で具現化されており、当然ながらとても喜ばしいことです。
もう一つこの速い発展を象徴しているのは初版とは違い、現行版の開発には科学的に検証されたアプローチが使われたことです。これによってより現代的で客観的なカッピングツールを作り上げる事が可能になりました。初版の作成はそれはそれで世界的に著名なコーヒー専門家達が率先したその次代にあった歴史的大成果であり、その上に現行版が科学的根拠と言う基盤を加えた事はスペシャルティーコーヒーの健全な進歩を良く表していると思います。
この様にして開発された現行版のフレーバーホイールですが、そこで思い出されるのが未だに利用されていないコーヒーの種やバラエティです。と言うのもコーヒーの種は利用されている内の殆どはアラビカとロブスタの2種だけではありますが120以上の種が存在し、アラビカのバラエティーも何千も存在するとされています。
他に風味を影響する精製方法等を度外視しても、これから未だに利用されていない豆が出て来る将来の可能性を視野に入れると、フレーバーホイールはこれからも変化を遂げていくのが必至で、そういう意味では生きたツールとして捉えるのが妥当だと思われます。
寄り道は取り敢えずこれまでとし、次回は本題の嗅覚訓練に再突入します。
嗅覚訓練(2)
ワインも及ばない恐るべしコーヒーの風味パワー!
コーヒーとワインの違いについてですが、例えばワインはアルコール飲料であるがコーヒーはノンアルコールである事などに見られる通り、違うと言えば当然違います。でも似ている部分も幾つかあり、得に何れも単に飲み物であるだけでなく嗜好品であるという点があげられます。
コーヒーとワインが嗜好品である所以は喜びを与えてくれる複雑で豊富である風味にあると言えます。前回ご紹介したとおりコーヒーの場合、その風味を具現化したのが36の香りを小瓶に詰めたルネデュカフですが、実は同じワイン鑑定士がワインの香りを具現化したのが似たルネデュヴァンであり、そのキットには54種類とより多くの香りが入っています。
これを見るとそれはそうでしょう、コーヒーよりワインの方が多くの香りがあるでしょう、と思われるかも知れませんが実際は逆です。これを科学的に裏付けるのが芳香族化合物の数で、ワインには200から300確認されているのですが、コーヒーからは何と800以上検出されています。あの優雅なひと時を与えてくれるワインでさえも及ばない、恐るべきコーヒーの風味パワーです!
ルネデュカフェ対ルネデュヴァンの香りの数の矛盾
客観的事実は前述の通りにコーヒーの風味はワインを凌駕するのですが、では何故ルネデュカフェの方がルネデジュヴァンより香りの種類が少ないのでしょうか。この最も大きな理由の一つは恐らく、何千年も飲まれており風味の追求がされてきたワインに対してコーヒーは数百年来しか飲まれていなく、またスペシャルティーコーヒーに反映されるコーヒーの風味の追求はたったの数十年の歴史しか無いからだと思われます。
但しスペシャルティーコーヒーの様にワインと言う先輩産業がある事は、ワインが数百年かけてやって来たように新たに道を切り開く必要が無いと言う意味では大きな利点です。よって、手本として見習うべき産業があるという事は歩むべき道が明快であり、その故速い発展が期待できます。スペシャルティーコーヒーも例外ではなく、嗜好飲料として急速な進歩を遂げています。
お洒落なカッピングツールのフレーバーホイール
この進歩の速さですが、これは例えばコーヒーのフレーバーホイールをとっても分かります。ここでは先ずこのフレーバーホイールが何かという説明をし、そのバージョン変化がどの様にして産業発展を反映しているかを次回掲載の記事で仕上げます。
2016年に発表された以下にイメージを紹介するフレーバーホイール最新バージョンはスペシャルティーコーヒー協会(SCA)が世界コーヒー研究所(World Coffee Research: WRC)と開発し、コーヒーのカッピングをする際の感覚属性特定をサポートする為に作成されました。
見るとフレーバーホイールは色とりどりの綺麗な何重かの円で風味の感覚属性が整った形で記載されています。更に細かく見ると円の内側の感覚属性が、フルーツ、ナッツ、野菜、蜜、花、香辛料、ロースト、酸味、発酵物などより大きな分類となっており、円の外側へ向かうごとに風味がより具体的なフルーツやらナッツやらと特定化されます。カッパーがこのツールを使う際の論理もその通りで先ずは大まかな感覚を円の内側で確認し、そこから外側へ向かってより詳細な風味を特定していく様にデザインされています。
この様に色とりどりの綺麗なデザインであり、そのまま家に飾ってもおしゃれな見とれてしまいそうなインテリアに見えますが、カッパーにとってはとても機能的なコーヒーの感覚評価ツールです。
次回はこのフレーバーホイールに関する説明をもう少し続け、フレーバーホイールの変化が反映するスペシャルティーコーヒー産業の変化の速さについて書きます。
嗅覚訓練(1)
嗅覚訓練定番のルネデュカフェ
味覚には、人などの動物が体内に吸収する飲食物の毒性の有無を最終評価すると言う、とても重要な役割がある為、感度が大変発達しています。それに比べると人間の嗅覚能力は劣っていると言えるものの、香りと味が混じり合って感じられる風味においては香りがとても重要な位置を占めます。これを念頭に置くとしっかりした嗅覚訓練を行うことの重要度が明快に御理解いただけると思います。
Qグレーダー試験の嗅覚試験にはルネデュカフェと言うキットを使うので、それに慣れるため試験対策訓練も自然にこのキットを使うのがベスト、と言ったらむしろ軽んじた見方であり、使用は必須と見なすのが妥当です。
そこでこのルネデュカフェとは何かと言うと、フランス人のジャン・ルノワールという著名なワイン鑑定士が開発を指揮し1997年に発売された、コーヒーに良くある36の香りを小瓶に詰めたキットです。 因みにこれらの36の小瓶が綺麗な木材の箱に梱包されているルネデュカフェとは、フランス語に直訳をするとコーヒーの鼻という意味になります。
コロンビアコーヒー連合70周年を記念して作られたルネデュカフェは前述の如く発売から20年以上経っていますが、似たような製品は存在し近年ではスペシャルティーコーヒー協会(SCA)オンラインストアでも販売されているCoffee Flavor Map T100と言う韓国製のアロマキットもあります。アメリカなどではルネデュカフェと同等の値段であるにも関わらず、それを凌駕する100もの香りを誇るこのキットは2016年に現れましたが、定番は相変わらずQグレーダー試験でも使われ続けているルネデュカフェとなっています。
ルネデュカフェ入手の必然性
それでルネデュカフェの値段ですが、日本では5万円強、アメリカでも300ドル以上と個人で買うにはちょっと高価な買い物です。しかしQグレーダー試験で使用されている以上、アロマの訓練を適宜行うべくどうにかして入手せざるを得ないと言えるでしょう。
私の場合、幸運にも訓練パートナーのベンがキットを持っていたので、それを利用しました。日本ではオンラインストアから買えるものの、中米ではその様な可能性もなかったので、ベンに大感謝でした。
上述の通りにルネデュカフェを持っていないと嗅覚訓練に破滅的なハンディキャップを負う事になるので、Qグレーダー訓練目的だったら知人等が持っているものを借りるか、新たに買うかして絶対に入手しましょう。言い換えればこのキットは入手出来るまでは少なくとも50日の訓練だけでQグレーダー試験は先ず成功し得ないので、受験を試みる人には必需品であると言える程のものです。
同じ様な値段のCoffee Flavor Map T100を入手して訓練をした方が費用対効果が良いのでは、と指摘されるかも知れません。それに対して私から言えるのは、そうかも知れないが、やはりメーカーによって同じはずの香りでも多少違ったり、ルネデュカフェにはあってもCoffee Flavor Map T100にはない香りもあるかも知れません。
ルネデュカフェと言う同じ製品でも、実際私の経験でもロットによって同じ香りのはずのものが同等に感じられない事もあり、いくつかのアロマについては自分が訓練に使ったものが試験会場で出たものと違う香りと感じられるものもありました。その違いはメーカーが違うとより顕著となると思われますので、そこはやはりリスク低下を図るには訓練でもルネデュカフェにする事が妥当だと思います。
ルネデュカフェの香り一覧
ルネデュカフェには36の香りがあるのですが、それを以下に分類ごとにリストアップします。 このリストを見るだけでもどれだけコーヒーの香りが種類に富んでいるかがよく分かると思います。
土系 | 1.土 |
動物系 |
18.バター |
野菜系 |
2.じゃがいも | 19.蜜 | |
3.豆 | 20.革 | ||
4.きゅうり |
トースト系 |
21.バスマティ米 | |
乾燥/植物系 | 5.わら | 22.トースト | |
木系 | 6.ヒマラヤスギ | 23.麦芽 | |
スパイシー系 |
7.クローブ | 24.メープルシロップ | |
8.胡椒 | 25.キャラメル | ||
9.コリアンダー | 26.ダークチョコ | ||
10.バニラ | 27.ローストアーモンド | ||
花系 |
11.アカフサスグリ | 28.ローストピーナッツ | |
12.コーヒーの蕾 | 29.ローストヘーゼルナッツ | ||
フルーツ系 |
13.コーヒーの果肉 | 30.ウォールナッツ | |
14.クロサスフグリ | 31.ビーフ | ||
15.レモン | 32.煙 | ||
16.アプリコット | 33.キセル | ||
17.リンゴ | 34.ローストコーヒー | ||
化学物質系 |
35.薬 | ||
36.ゴム |
この香りの分類の仕方は幾つかあるのですが、ここではキットにある資料通りの分類のみを紹介します。これらの香りや分類についてのより細かい説明は後日するため、今回は控えます。
以上、今回はルネデュカフェの紹介を中心に書きましたが、コーヒーの香りはとても奥が深いテーマである事を念頭に、次回はメインの嗅覚訓練の話と並行した、アロマの興味深いあれこれについて書きます。